はつこい文庫

ゆるいブログです

自覚してない恋心とか

いつか、誰かの特別になれると信じていた。

いつまでも輝き続けられると信じていた。

 

 

 

黒髪だった君が髪を染めて現れたとき、さゆりちゃんは少し目を丸くしたあと「髪染めたんだね」と笑った。セーラー服の白がまぶしく感じる夏の日のことだった。席替えで窓際の席に座ることになった君はよく窓の外を見ている。僕は、君の斜め後ろの席だから君のことがよく見える。他クラスのサッカーなんて見る気がないのに仕方なく見ているのだということも、授業をあまり聞く気がないのだということも。見ていれば自ずとわかるようになっていた。

 


さゆりちゃんは勉強が得意だから、君によくテスト前には勉強を教えている。仕方ないなあ、って言いながらノートを開いて、その辺の机から椅子を引きずり出して君のそばに持って行く。僕はその勉強会に混ぜてもらったことはないけれど、二人が勉強しているのをそっと見るのはすきだった。伏し目がちな君の眼のラインがすきだった。さゆりちゃんはせっせと君のためにわかりやすく問題の解説をしてあげていた。いつもは甘ったるく、何も考えてなさそうなさゆりちゃんがふとした瞬間真面目な顔になるのを、君はいつもそばで見ているのだろう。いつもは明るく振る舞うさゆりちゃん。ふとした瞬間無表情になるさゆりちゃん。おちゃらけてみせるさゆりちゃん。どれが本当なのか、僕には未だに分からない。

 

 

 

そんなことを考えている僕のそばにそっと来て、気になるんだったら混ざってくればいいのに、って彼女が笑った。彼女は、髪が短くて茶色でつやつやしていて線が細くて病弱な女の子だ。僕にたまに話しかけては、話を聞いてくすくすと笑ってご飯を一緒に食べてくれる優しい女の子。さゆりちゃんと君とも仲が良くて、最初に君と話すきっかけを作ってくれたのは彼女だった。君より少し背の高い女の子。君が、さゆりちゃんに見せない顔を見せる女の子。さゆりちゃんが前に僕の前で漏らした、「私が勝てない女の子」

 

 

 

さゆりちゃんに勝てない僕。彼女に勝てないさゆりちゃん。僕が近づけないフローリング越しの場違いを、さゆりちゃんは二人に対して感じているのか。クラスの真ん中さゆりちゃん。誰にでも優しいさゆりちゃん。でも僕にたまに優しくないさゆりちゃん。君の隣が似合うさゆりちゃん。僕の隣が嫌じゃないさゆりちゃん。夏が似合う君のことがすきな僕。彼女のことがすきな君。合わさることのない糸が雁字搦めになって教室の床に落ちる。誰かに踏み潰されてぐしゃぐしゃになって、誰もが自分じゃないふりをしてる。君が、彼女とお揃いで買ったのだというキーホルダーをさゆりちゃんに得意げに見せていた。鞄に付けられたそれを、さゆりちゃんはそっと撫でて、かわいいね、って呟いた。同じものなんて、買ったって、誰からもらったかが大事なのにね。そう言いながら、さゆりちゃんは同じキーホルダーをそっと赤色のポーチから取り出した。君がさゆりちゃんに自慢した1週間後のことだった。伏し目がちな瞳。茶色のアイシャドウが校則に違反しない程度にのせられている。堂々とは飾れないキーホルダーを、さゆりちゃんはポーチに仕舞った。君の鞄には、未だに彼女とお揃いのキーホルダーがつけられている。君の動きに合わせて、ゆらゆら、ゆらゆら揺れている。

 

 

 

体育を休みがちな彼女は、グラウンドの木陰で休んでいることが多かった。休憩時間になるたび、君はさゆりちゃんの腕を引っ張って彼女のところへ行く。体が丈夫なさゆりちゃんが休むことはあまりないけれど、一度だけさゆりちゃんが体育を見学したとき、君は彼女と同じようにさゆりちゃんのもとへと休み時間になるたび駆け寄ってあげていた。冷たいスポーツドリンクを首筋に当てて、涼しくなった?って言いながら笑っていた。さゆりちゃんの具合がほんとうに悪かったかなんて誰にも分からなかったけれど、君からスポーツドリンクを手渡されるさゆりちゃんがあまりに嬉しそうで、嬉しそうで、僕はまっすぐ見つめることなんてできなかった。

 

 

 

窓際の席が似合う、夏の似合う君。太陽の下が似合うさゆりちゃん。日陰の下が似合う、冬が似合う彼女。僕には何が似合うだろう。何もしないことは楽だ。頭の中で想像することも。それだけで満たされて、それだけでしあわせになれて。だけれど、一度甘さを知ってしまうと戻れない。頭の中だけで完結しないことに心がついていかなくなる。あれだけで充分だったのに。側から眺めているだけで、充分だったのに。

 

 

 

さゆりちゃんは今朝、割れたキーホルダーの写真を僕に送ってきた。朝から会ったさゆりちゃんは太陽そのもので、何も加工もされていない、無機質なキーホルダーの写真を送ってきた人と同じ人にはとても思えなかった。さゆりちゃん曰く、あのキーホルダーはわざと教室のごみ箱に捨てたらしい。もしかしたらさゆりちゃんの気持ちの表れだったのかもしれないけれど、その日教室の掃除当番だった彼女は途中で早退し、誰も何も知らないまま時は流れていくばかりだった。

 

 

 

「まあ世の中には知らないことがいいこともあるから。自覚してない恋心とか」

 

 

 

プールサイドでカルピスを飲みながらさゆりちゃんが僕に話しかけた。カルピスとプールサイドは、さゆりちゃんによく似合っていた。