はつこい文庫

ゆるいブログです

迷いはなにも

 

さよならじゃなくてまたね、って言ってね。

たとえそれがさよならであったとしても。

 

 

 

新作のレースブラウスは、手持ちのスウェットと合わせるといい感じに馴染んで鏡の前で嬉しくなる。きらり光った右手のブレスレットは、黒いわたしのお守り。リップをひと塗りしてなじませて、時計を見て身なりを整えた。友達との待ち合わせまでまだ時間があるけれど、待たせるわけには行かないから早く出ようかな。ころんとしたお気に入りのバックにスマートフォンを仕舞い、紫のピンキーリングを左手の小指につけた。いつの間にか、紫が好きになっていた。いつの間にか、アイドルが好きになってて。いつの間にか、女の子でいることに誇りが持てるようになった。可愛いレースもリボンも、みんなみんな生きていくための武器だ。リップを塗ると鏡を見るのが楽しくなる。リボンのついたハンカチはわたしに安らぎをくれる。真っ白の靴下は取り出すたびに嬉しい気持ちになる。そんなものに囲まれて暮らしたい。イヤリングがピアスに変わっても、眼鏡がコンタクトに変わっても、わたしはわたしのままでいれるはずなんだ。爪につけたラインストーンがきらり部屋の照明に反射して眩しい。

 

 

 

積み重なったことでわたしができていたとしても、悲しい経験なんかしないほうがいい。夢の中で楽しいことを経験しても、やっぱり現実世界は寂しいし。スクランブル交差点には人が溢れていて、道行く人はみんなわたしのことなんか見向きもしない。だから、好きなんだ。透明人間になったような気持ちになれるの。手を伸ばしたいあの子にだって、すぐに触れられるあの人にだって忘れ去られたいと願わずにはいられない。信号待ちをしている最中、ファッションビルに飾られたお外向きの神様がわたしを見て笑ってる。みんなが下を向いているなか、上を見てるわたしと広告の中の君だけが今この瞬間視線を交わしてる。愛しい、昼下がり。ピンク色の髪と書生服、サイコロが似合う街を歩いている。店の軒下に入って日差しを凌ぐ。少しは寒くなってもいいのにねと思いながら。待ち合わせの時間まであと少し。

 

 


色々なものが流れていく。人との繋がりとか、処女を無くしたばかりに出た血とかが。気持ちが流されないようになんとか気を張って生きている。救急車のサイレンが遠くから聴こえて、逃げるように少しだけ歩く。駅前から、神様から遠ざかってタピオカを持って歩く女子高生とすれ違う。街角のオーディオショップからは、最近売り出し中のシングルの歌い出しが響いていて、一定の周期で入れ替わるその中に君のいるグループもあって嬉しくなった。

 

 

 

好きなものはいくらあってもいいし、神様も何人いたっていい。わたしには白衣の似合う優しくて心強い神様と、色が白くてとても優しく手のあたたかい神様がついてる、って考えるだけでなんだか自分まで強くなった気がするから不思議だ。いくら生きたくなくても、結局は生きることを強いられるなかでなんとか生きる理由を見つけてる。自分の中にそれが生まれなかったから、他人のために生きたいと思うことってわがままなのかな。どうか君のために生きさせて。君のためにお洒落をさせて。

 


携帯が震えて、友達が待ち合わせ場所に到着したことを知る。ショルダーバッグの肩紐を握りしめて、待ち合わせ場所へと向かう。さっき目を合わせた神様は、変わらずいつもの場所で微笑んでいる。レースのブラウスの、襟の部分が風になびいて信号待ちの時にそれを直す。リップ、とれてないかな。まだつやつやがいいんだけどな。じゃあ、行ってくるね。神様にウインクをして、信号が青になって、人々が一斉に歩き出す。わたしは早足で、みどりの窓口前へと急ぐ。

 

 

 

はつこい文庫 p319  より

 

 

 

すてきなアンサーをいただきました

http://mizukagami100.hatenadiary.com/entry/2020/03/11/204015