はつこい文庫

ゆるいブログです

ぶつかって落ちる

荷造りをしていたのは、少しだけ肌寒い春の夜のことだった。

 

 

 

わたしとその子は昔からとびきり仲が良かったわけではなく、かと言って特別ななにかが起こったわけでもなく、なんだか知らぬ間にわたしの中のだいじなだいじな部分になってくれた子だった。似てないし、多分互いの大事な部分に触れたくないって互いが思っている。人には同じだからわかる部分と、同じだからわかることのできない部分があって、その子はわたしのわかることのできない部分を大切にいつもしてくれようとするのだ。わたしの大事な部分を、本質を、理解しようとはしない。どんなに近づいたとてわたしの心の奥にある柔らかい部分には誰一人触れることなんてできなくて、でもちょっとだけ理解する努力を見せてくれて、そばに寄り添ってくれるぬくもりを何も言わずに与えてくれた。だからわたしも、その子の大事な部分には触れずに、ちょっとだけ理解を深めてそばにそっとしゃがむくらいの気持ちでいる。

 

 

 

アイドルになりたいわたし。本当は世界なんて大嫌いで強い言葉で殴りたいわたし。かわいい自撮りを撮った後は見せたいわたし。アイドルみたいだねって言われたらうれしいわたし。自分のなかにある言葉を紡いで、誰かが喜んでくれたらうれしいわたし。自分のこと名前で呼びたいわたし。すきな歌すきなだけ目一杯うたいたいわたし。すきなキャラクターと結婚してるわたし。みんなみんなインターネットの世界に住んでいる。

 

 

 

いっそのこと、全部打ち明けられたらいいのに。一緒に過ごしていて、何度も思った。なりたいわたしがたくさんいて、現実世界で押し殺しながら、ちょっとずつ見せたり見せられなかったりしながら生きている。現実世界にシャッターを閉めて、インターネットで生きているわたしのスイッチを入れて、仮想の世界を愛して生きている。仮想の世界のわたしは何度も生き返ったり死んだりできるから、今までもたくさんのわたしが死んできた。生きていないけど、もう会えないけど、ちいさなわたしは今でもわたしの心のどこかにふわふわと浮いている。打ち明けられたらいいのにね。自分で言っておいてなんだけど、多分無理だよ。絶対無理なの。ばれたら恥ずかしいとか、生きていけないとか、そういう羞恥の問題じゃなくって、そもそもわたしの心のバランスは仮想と現実を融合するようにできていなくて、ふたつのバランスを保つためにもやっぱりシャッターは必要で、それは巡り巡って将来自分のためにもなるのだった。わたしは、こういう生き方をしなくちゃ生きていけない側の人間だ。

 

 

 

その日はやっぱりなにかがおかしくて、その子に向かって、ごめん、ごめんねって言いながら泣いてしまって、その子がみなみちゃんは何も悪いことなんかしてないよ、って言ってくれる言葉が跳ね返ってつき刺さってただただ痛かった。わたしたちは、きっととびきりの親友になんかなれなくて、わたしも全てを見せられないし、貴方も多分わたしに全てなんて見せてくれないだろうし、わたしにその権利なんてない。それでもわたしはあなたの優しいところ、変に人の心を踏みつけていかないところ、わたしに対して傷つける言葉を発しないところ、そのほか色々なところを愛していて、貴方もわたしのどこかを愛してくれているのが節々から伝わるので、それはそれでいいんじゃないかな、なんて思わせてくれる。きっとずっといつまでも、一番の友達だね、みたいな振りをしながら友達を続けていくのだと思う。

 

 

 

もっと、軽い気持ちで何も考えないで話を読んだり書いたりできる人間に生まれたかった。ありがたいことに綺麗な文章だと言ってもらえることが多いんだけれどわたしはずっと自分の文章は上澄みだけすくっているのだから綺麗なんだと思い込んでいて、実際そう言われたこともあって、最近は色々考えている。結構心を削りながら書いているんだけどなあ、とか。確かに綺麗に掬える部分だけを掬っているのだとしても、そこに至るまでどろどろとした感情を煮込む時間というのはやっぱり必要で、わたしは自分の物語や文章の書き方的に知り得る情報をきちんと知らないと書けない人間だからアニメや原作のあるものは見たり読まないと書けないし、真髄というものを全ては理解できなくとも自分のなかに落とし込む作業というものがどうしても必要で、そこに割く時間がきっと他人よりも多くないといけない人間だから新しいコンテンツなんかはすごく疲れちゃうんですね。ぶっちゃけ。全部知らないことだらけだし。それでも色々自分なりに考えたことを落とし込んで、ねりねりしていく最中生まれたものをうまいこと掬ってわたしの書く話は生まれていくわけですが、そうなると多少なりというか結構書く側は疲れたりするので最終的に生まれたものが綺麗だとしてもそこに至るまではしんどかったりするのですよ。最初の話に戻るけれど。だから最初はわたしも都合のいいことばかり書き連ねているから綺麗なのかなあとか思っていたけれど、書いている側は意外としんどかったりするので一概にそう思わないで欲しいなあ、と思ってしまう今日この頃です。もっと、ささっと話を読んでさっくり話を量産したりアニメ見ないで雰囲気だけで書ける側の人間になりたかったなー楽だろうなーとか思うけど、多分そのやり方じゃわたしの今の話は生まれなくて、そうやったら楽かもしれないけど恐らくわたしは納得しないのだろうなあ。ちっとも。原作にもコンテンツにも作品にも出来る限り誠意を持っていたい人間として。結局は苦しんで生み出したものを愛していて、それが認めてもらえるなら、というか、送り出してもよしと自分で認めた話たちが誰かに受け取ってもらえたら上澄みと言われようがもういいかなあ。黒い部分を何とか白く見せるのが書き方的に得意なんだということにしておきましょう。

 

 

 

生きるのは難しいし、うまく生きる方法なんてわからない。わたしの大事な誰かが死んでも世界は変わらないけれど、わたしの中の世界はちょっとずつおかしくなって、なんとか世の中と歩幅を合わせようとふらふらさまよいながら平気なふりして、甘いアイスがうまく食べられなくなって、しまいには地面に落としちゃって、さむいね、なんて言っちゃったりする。味なんかわからないくせに、おいしいねって笑ったりする。こびりついたアイスなんてどうでもいいから早く帰りたいのに、帰り道がわからなくて途方に暮れて。そんな世の中に慣れるくらいならわたしは大人になんてなりたくなかった。何が正しいのかわからない。人が死んだら、悲しいときには、どんな顔したらいいんだろう。部屋でひとりで心を落ち着けるために音楽を聞いていたら非常識だなんて言われるのかな。彼女がいなくなった世界でうすぼんやり生きてる。君は毎年命日に連絡をくれるね。多分そんなところもずっとすきだと思う。君からしたら大したことないことだったとしても。わたしが彼女のこと覚えてないと世の中から彼女が消えちゃいそうな気がして、でも彼女との思い出はわたししか持ってないから何が正しいのかほんとにわかんなくなって。そんな世の中にあぶれたわたしがちょっとだけでも役に立てるなら、インターネットも悪くないなー、なんて。思いながらゆらりゆらり。ぬいぐるみがベッドから落ちた音で目が覚める。

 

天使になれない

人生でなれなかったものが2つ。ひとつ目はアイドル。ふたつ目は清らかな天使みたいな人。

 

 

 

世の中にはごく稀に、汚れなんか知らないんじゃないかって思わせてくれる人がいる。わたしは高校の同級生にひとりだけいた。かわいくて、纏う空気が清らかで、誰にでもやさしくて、おまけに頭も良くて、欠点すらいい方向に持っていっちゃうような人。男の子と恥じらうように歩いている姿すら絵になるような、聖人君子みたいな人。わたしはその子と接するたびに、数値にならない数値を削られた。わたしにはなれないものをまざまざと見せつけられるのが辛かった。その子とふたりでやむを得ず学校の行事で出かけたことがあったけど、次の日熱を出した。わたしはその日少しでも聖人君子になろうとありとあらゆるものを押さえつけ、見せかけの天使のお面をぶら下げて街を歩いた。

 

 

 

そういう人にも辛いことがあり、それを押さえつけながら生きているというのは頭では分かってはいるのだけど、日常生活内での取りこぼしがあまりにもなく、気を病んでいた高校時代のわたしにはそれが痛いほど突き刺さった。清らかになれなかった。わたしは痛いほど人間で、嫌なことがあったら親しい子に聞いてもらいたかったし、嫌いな人がいたらその子を知らない子にどれだけ嫌いかを連発したりする。勉強しない日だってあるし、夜更かしもお菓子を食べ過ぎてしまう日だってある。あの子の真似をしたところでなれないことすら分かり切っていたから真似などしなかったけれど、あまりにもなりたい自分に近しかったから、わたしのこと友達みたいに呼ばないで欲しかった。かわいくなれなかったし、そんなことを思ってしまう自分が嫌いだった。

 

 

 

高校を卒業したきりその子には会ってなく、すごく親しかったわけではないからもう会うこともないだろうけれど、時々昔の自分が突き刺すような目線でこちらを見てくるときがある。なりたかった、天使に。天使になりたかった。誰のことも悪く言わない人になりたかったし、清楚を身に纏いたかった。でも、それはきっとほんとのわたしじゃないなあというのも心のどこかでわかっているのだった。

 

 

 

わたしは人間だから、嫌なことがあれば泣くし、ふて寝するし、すきなものばっかり食べたりするし、人のことすぐ嫌いになったりする。あの子も、見えないとこではそうだったのかな。今でも、たまにちょっとだけ天使のふりをして、人間にもどったり半分だけお面をぶら下げたまま生活したりする。生きづらいのは案外どちらも同じかもしれない。

 

 

ちなみに、最近読んだ本は梨木香歩さんの「エンジェル エンジェル エンジェル」です。

それも相まって、この子のことを思い出したんだろうな。

https://www.shinchosha.co.jp/book/125335/

 

 

迷いはなにも

 

さよならじゃなくてまたね、って言ってね。

たとえそれがさよならであったとしても。

 

 

 

新作のレースブラウスは、手持ちのスウェットと合わせるといい感じに馴染んで鏡の前で嬉しくなる。きらり光った右手のブレスレットは、黒いわたしのお守り。リップをひと塗りしてなじませて、時計を見て身なりを整えた。友達との待ち合わせまでまだ時間があるけれど、待たせるわけには行かないから早く出ようかな。ころんとしたお気に入りのバックにスマートフォンを仕舞い、紫のピンキーリングを左手の小指につけた。いつの間にか、紫が好きになっていた。いつの間にか、アイドルが好きになってて。いつの間にか、女の子でいることに誇りが持てるようになった。可愛いレースもリボンも、みんなみんな生きていくための武器だ。リップを塗ると鏡を見るのが楽しくなる。リボンのついたハンカチはわたしに安らぎをくれる。真っ白の靴下は取り出すたびに嬉しい気持ちになる。そんなものに囲まれて暮らしたい。イヤリングがピアスに変わっても、眼鏡がコンタクトに変わっても、わたしはわたしのままでいれるはずなんだ。爪につけたラインストーンがきらり部屋の照明に反射して眩しい。

 

 

 

積み重なったことでわたしができていたとしても、悲しい経験なんかしないほうがいい。夢の中で楽しいことを経験しても、やっぱり現実世界は寂しいし。スクランブル交差点には人が溢れていて、道行く人はみんなわたしのことなんか見向きもしない。だから、好きなんだ。透明人間になったような気持ちになれるの。手を伸ばしたいあの子にだって、すぐに触れられるあの人にだって忘れ去られたいと願わずにはいられない。信号待ちをしている最中、ファッションビルに飾られたお外向きの神様がわたしを見て笑ってる。みんなが下を向いているなか、上を見てるわたしと広告の中の君だけが今この瞬間視線を交わしてる。愛しい、昼下がり。ピンク色の髪と書生服、サイコロが似合う街を歩いている。店の軒下に入って日差しを凌ぐ。少しは寒くなってもいいのにねと思いながら。待ち合わせの時間まであと少し。

 

 


色々なものが流れていく。人との繋がりとか、処女を無くしたばかりに出た血とかが。気持ちが流されないようになんとか気を張って生きている。救急車のサイレンが遠くから聴こえて、逃げるように少しだけ歩く。駅前から、神様から遠ざかってタピオカを持って歩く女子高生とすれ違う。街角のオーディオショップからは、最近売り出し中のシングルの歌い出しが響いていて、一定の周期で入れ替わるその中に君のいるグループもあって嬉しくなった。

 

 

 

好きなものはいくらあってもいいし、神様も何人いたっていい。わたしには白衣の似合う優しくて心強い神様と、色が白くてとても優しく手のあたたかい神様がついてる、って考えるだけでなんだか自分まで強くなった気がするから不思議だ。いくら生きたくなくても、結局は生きることを強いられるなかでなんとか生きる理由を見つけてる。自分の中にそれが生まれなかったから、他人のために生きたいと思うことってわがままなのかな。どうか君のために生きさせて。君のためにお洒落をさせて。

 


携帯が震えて、友達が待ち合わせ場所に到着したことを知る。ショルダーバッグの肩紐を握りしめて、待ち合わせ場所へと向かう。さっき目を合わせた神様は、変わらずいつもの場所で微笑んでいる。レースのブラウスの、襟の部分が風になびいて信号待ちの時にそれを直す。リップ、とれてないかな。まだつやつやがいいんだけどな。じゃあ、行ってくるね。神様にウインクをして、信号が青になって、人々が一斉に歩き出す。わたしは早足で、みどりの窓口前へと急ぐ。

 

 

 

はつこい文庫 p319  より

 

 

 

すてきなアンサーをいただきました

http://mizukagami100.hatenadiary.com/entry/2020/03/11/204015

 

それは確かに恋だった

 

 

親愛なるアイドルへ

 

 

ご卒業おめでとうございます。本当ならばめいっぱい観客のいる会場で、たくさんの人たちに見送られ、自分の色に染まった会場を見て欲しかったのに、それが叶えられなかったことだけがただただ残念でなりませんが、卒業コンサートを実施することができただけでもわたしは今とても満たされた気持ちになれています。貴女も、そうだといいな。きっとそう感じてくれていると信じています。

 

 

ネット上で、テレビで、貴女のことをたくさんの人が話していた一日でしたね。「愛を与えた分だけ返してくれる人」そう評されている貴女がたくさんの人に見送られ愛されている様子を見ているととても心があたたかくなります。

ライブのことはたくさんの人が色々な場所で話してくれているので、僭越ながらここではわたしと貴女のことについて一方的ですがお話させてください。

 

 

いつか来るこの日のことをわたしは何年も何年も前から考えてきました。まだいてくれるよと周りが話しているときからずっと。加入した瞬間からいつかお別れがくると分かってるとはいえ、あまり考えたくはないですよね。でもわたしは考えなければ自分が持たなかったのです。一期生がどんどん卒業を迎えていくにつれて、わたしも後悔のないように貴女を応援しなければいけないと思い始めました。初めて行った舞台挨拶、初めて行ったコンサート。平成最後のドームは、光に囲まれた貴女の記憶。アイドルをすきになってもう何年も経ちますが、すきになったアイドルの卒業を一緒に迎えるというのは初めてで、どうやったら少しでも後悔のないようにできるか手探り、手探りの数年間だったと思います。どうしてそんなにすきでいられるの?よく聞かれますが、そんなのわたしが教えて欲しいくらいです。ひとめぼれをしたことは事実でよく覚えていますけれど、ここまで心を揺れ動かしたなにかがはっきりと目に見えたことはなく、もどかしさを言葉にするのならば「なんとなく」としか言いようがありませんが、人が心を揺れ動かす理由なんていつだってそんなものなのではないでしょうか。わたしはアイドルをしている貴女に恋をしていました。認識されなくていい、片想いのままが正解な一方的な恋でしたが、わたしはとても満たされていた数年間を過ごせました。笑ってくれたらうれしいし、悲しい思いはしてほしくない。ただただ、しあわせになって欲しいと思っていたし、今でもそう願っています。新しい恋の形をただぎゅっとひとりで胸の中に抱き続けてきました。

 

 

卒業コンサートをやってくれるものだと信じて、どんな風にするのかの想像もずっとずっと、皆さんが想像するよりはるか昔からしていました。「東京ドームで卒業コンサートがしたい」前に雑誌で言っていたことをよく覚えていたから、卒業コンサートは絶対に東京ドームがいいなと思っていました。きっとチケットを応募するときからどきどきして、抽選の発表の日はメールを見る手が震えて。当たったらそれはそれはうれしい思いでいっぱいになるだろうし、落ちたら「わたしのすきな人はこんなにもたくさんの人に愛されているんだ」と痛感したことでしょう。着ていく服についても、度々考えていました。わたしは衣装に似た服を私服で再現する遊びをよくしていたから、この色味だとあの衣装によく似てるなあとか、考えるだけでいい日が迎えられそうな気さえしたのです。ライブの帰り道、夜風に当たりながらライブのことを思い出すのがすきでした。わたしのよく行っていた会場はドームから駅までが少し遠くて、それでもその遠さを愛しく感じることのできるくらい思い出す時間が楽しかったのです。ライブ中メモを取るほど器用ではないので頭の中に書きとめるくらいしかできませんが、ふとした瞬間のあなたの表情、きっと円盤化されないであろう会場でも楽しそうに笑ってくれたこと、MCで話を振られたときのきょとんとした後にマイクを持つ仕草とか、思い出せることはたくさんありました。MCの内容はきっとその日のうちに誰かがネットに上げてくれるでしょうけれど、わたしの感情はわたしのなかにしかないので、それらを思い出しながら夜風に当たって、少しずつ現実に戻って、電車に揺られながら家へと帰る。次第にうすぼんやりとした記憶になっていくから、その瞬間に噛みしめなければいけなくて、でもその儚さがすきでした。ずっとわたしの頭の中に残ってくれない、その手の届かなさごと愛していました。

 

 

貴女の卒業コンサートに元気に行けるようにと、二月に当たったライブに行くことを諦めました。行っていたら、アイドル姿の貴女を見る最後の機会になっていたでしょう。あまり当たらないライブだから随分と悩みましたが、わたしは卒業コンサートを現地で見る気でいたので泣く泣く諦めたのです。あの日、行くことを選択していたらよかったのでしょうか。行っていたら、ドームで笑う貴女をもう一度見れたのでしょうか。ここ数か月間で何度も考えたことです。もう過ぎてしまったことだからどうしようもできませんが、行きたいという感情だけではどうしようもないことに苛まれ、それでも、卒業コンサートを元気な姿で見られてよかったと己を言い聞かせるばかりです。東京ドームからの帰り道、夜風を浴びながら貴女のアイドル時代最後の姿を思い出したかった。通行人の声、車のクラクション、そういったものさえも聞こえないようなぼんやりとした頭で、アイドル白石麻衣に思いを馳せたかった。もしかしたら映画館からの帰りかもしれなかったけれど、それでも冷たい風が現実へと引き戻してくれる最中、貴女のことを思い出して胸を苦しくさせたかった。人生で初めて訪れる東京ドームは、貴女の卒業コンサートがよかった。そう思いだしたらきりがないけれど、このような形になったことで皆が平等な形で卒業コンサートを見ることができたのは、誰にでも平等に愛をくれる貴女らしいライブだったのかなと終わったあと心を落ち着けてからやっと思うことができました。とても神聖なステージだったから、メンバーの間で閉じ込めておくほうがよかったのではないか、とも。

 

 

わたしのかけがえのない女の子になってくれた貴女が、きちんと守られていたことを、大切にされていたことを、さゆりちゃんからのお手紙を聞いて感じました。いつもみんなを、グループを、ファンを、守ってくれていた貴方がちゃんと大事に大事に守られていたことを改めて知れて安心しました。どんなときも愛を返してくれる人が、無償の愛を与えられていて本当によかった。カーテンのなかでする内緒話、嫌なとこまで見せ合って楽になる関係、そんな、普通の女の子がするようなことを貴女としてくれる女の子が傍に寄り添っていてくれてよかった。さゆりちゃんと奈々未さんがまいちゃんの傍にいてくれてよかったなあ、と思いながら聞いていると自然と涙が溢れてきました。わたしのだいすきな人が、誰かにだいすきでいてもらえているというありふれたことかもしれないことが、些細なことが、しあわせなのだと、あの歌のように、感じられたのです。

 

 

貴女はさゆりちゃんのことを太陽のようだと雑誌で話していましたね。わたしはさゆりちゃんが太陽なら、奈々未さんは月で、貴女は空のような人だと思っています。月も太陽も、空がないと存在することができないし、太陽と月は正反対でも、空を通じて繋がっているものです。わたしがとても特別な同い年だと感じていたこの三人のことを、みんなも特別だと思っていたことを、ステージの所々で感じました。それがとてもうれしかった。卒業しても色がグループに残っていくのなら、寂しくないと言われているようでした。

 

 

もし戻れるのなら、何時に戻りたいかな。そんなこともよく考えます。もっと会いに行けばよかったのかな。あの日のライブも、握手会も、もっと無理をしたらよかったのかな。ないものねだりだとしても、次々考えてしまいますね。わたしは、まいちゃんの歌声がすき。卒業コンサートでたくさん聞くことができてうれしかったし、最後なのに、もっと歌ってほしいとさえ思ってしまいました。一期生を大事に大事にしてくれるところがすき。初期から頑張ってきたメンバーを、選抜とかアンダーとかの括りを払いのけて個人をちゃんと見るところがすき。ファンを大事にしてくれるところがすき。わたしと握手してくれた時、一瞬でもきちんと目を見てくれたところが好き。まいちゃん以上のアイドルとは、もう出会いたくないです。すきすぎてどうしようもない感情も、出会わなければよかったと思わせてくれるアイドルも、もう貴女で最期にしたい。

あの夏の歌声、ずっと覚えてるよ。忘れないよ。わたしを、救い出してくれてありがとう。

 

 

貴女が髪を切ってもわたしは伸ばしたまま。前髪を伸ばしてもわたしは昔の前髪のまま。貴女がゲームを楽しんでいるのにわたしはゲームが苦手。それでも貴女のことをこれからもすきで居続けられる自信があります。人はこれを愛と呼ぶのだと思います。

 

 

アイドルをしている貴女に恋をしていました。

これからの貴女の人生を愛しています。

 

貴女のことがだいすきなファンより

 

 

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もしも僕じゃなかったら

もしも君じゃなかったら

こんな気持ちさえ知らずにいたね

(僕らの戦場/  ワルキューレ)

 

 

 

 


高校生の途中から図書室に通い詰めになっていたのは、居場所だった保健室に嫌いな女の子が居座るようになったからだった。誰でも来れるというのは裏を返せば誰の居場所でもないわけで、その子が嫌だったわたしもその子の愚痴を日頃わたしから聞かされていた先生もその子を拒む権利などなく次第に足は遠ざかっていった。早朝の図書室はしんとしていて冷たく、大きめの窓ガラスに結露がたまっている。窓から眺めた中庭には人っ子ひとりいなかった。わたしは文庫本や小さい頃にすきだった絵本なんかを朝から読んで、始業チャイムぎりぎりに教室に向かっていた。特別なにかをされていたわけでもなく、嫌いなあの子とはクラスは別でも、なんとなく張り詰めた空気感がきらいだった。わたしのすきな絵本の近くに8時過ぎにいつも座り、ノートを広げている男の子を少しだけすきになった。体育の時間に一緒に一回だけバドミントンをした。互いに名前を知らないまま卒業し、それ以来会ってはいない。

 

 

 

泡立て器を洗いながら、吹奏楽部の演奏を聞いていた。なんとなく羨ましくて、なんとなく疎ましい女の子のあだ名が天使ちゃんだと知って、自分は天使になれないことを悟った。二人で買い出しに行ったときにあまりにも普通を装うのが辛くて次の日に熱を出した。わたしにないものが欲しかった。わたしは天使になりたかったんじゃない。悪魔でもなんでも、その子の属するものになりたかったんだ。片付けの最中に通りかかった無人の廊下は無機質でひとり取り残されたみたいだ。あと30分で、18時のチャイムが鳴る。

 

 

 

服を隠されたり居場所を取られたりしても泣いたりしたことはないけれど、心のなかで蔑んで、かわいそうな子だと思うばかりだった。自分にないものが欲しい根っこはみな同じなのに。水泳の授業は見学ばかりだったけど、最後の授業の日にはカルピスのボトルを持って授業に出た。プールサイドにはカルピスが似合うと昔から思っていた。特別すきでもないカルピスをプールサイドで飲んだ。少しぬるくて、汗をかいて水滴がパッケージについている。すぐに記録を取りに日陰に戻らなくてはならなかった。みんなが水着なのに見学のわたしだけが夏服のままだった。

 

 

 

 


現像してない写ルンです。プリントアウトしていないデジカメの写真。あの頃に置いてきぼりにされてきたものたち。

 

 

 

「ALL MV COLLECTION〜あの時の彼女たち〜」は怖くてまだ買うことができませんでした。

あの時に戻ってしまったら、わたしは一生こちら側には帰ってこれないような気がするから。

 

 

 

それでは、またお会いしましょう。

自覚してない恋心とか

いつか、誰かの特別になれると信じていた。

いつまでも輝き続けられると信じていた。

 

 

 

黒髪だった君が髪を染めて現れたとき、さゆりちゃんは少し目を丸くしたあと「髪染めたんだね」と笑った。セーラー服の白がまぶしく感じる夏の日のことだった。席替えで窓際の席に座ることになった君はよく窓の外を見ている。僕は、君の斜め後ろの席だから君のことがよく見える。他クラスのサッカーなんて見る気がないのに仕方なく見ているのだということも、授業をあまり聞く気がないのだということも。見ていれば自ずとわかるようになっていた。

 


さゆりちゃんは勉強が得意だから、君によくテスト前には勉強を教えている。仕方ないなあ、って言いながらノートを開いて、その辺の机から椅子を引きずり出して君のそばに持って行く。僕はその勉強会に混ぜてもらったことはないけれど、二人が勉強しているのをそっと見るのはすきだった。伏し目がちな君の眼のラインがすきだった。さゆりちゃんはせっせと君のためにわかりやすく問題の解説をしてあげていた。いつもは甘ったるく、何も考えてなさそうなさゆりちゃんがふとした瞬間真面目な顔になるのを、君はいつもそばで見ているのだろう。いつもは明るく振る舞うさゆりちゃん。ふとした瞬間無表情になるさゆりちゃん。おちゃらけてみせるさゆりちゃん。どれが本当なのか、僕には未だに分からない。

 

 

 

そんなことを考えている僕のそばにそっと来て、気になるんだったら混ざってくればいいのに、って彼女が笑った。彼女は、髪が短くて茶色でつやつやしていて線が細くて病弱な女の子だ。僕にたまに話しかけては、話を聞いてくすくすと笑ってご飯を一緒に食べてくれる優しい女の子。さゆりちゃんと君とも仲が良くて、最初に君と話すきっかけを作ってくれたのは彼女だった。君より少し背の高い女の子。君が、さゆりちゃんに見せない顔を見せる女の子。さゆりちゃんが前に僕の前で漏らした、「私が勝てない女の子」

 

 

 

さゆりちゃんに勝てない僕。彼女に勝てないさゆりちゃん。僕が近づけないフローリング越しの場違いを、さゆりちゃんは二人に対して感じているのか。クラスの真ん中さゆりちゃん。誰にでも優しいさゆりちゃん。でも僕にたまに優しくないさゆりちゃん。君の隣が似合うさゆりちゃん。僕の隣が嫌じゃないさゆりちゃん。夏が似合う君のことがすきな僕。彼女のことがすきな君。合わさることのない糸が雁字搦めになって教室の床に落ちる。誰かに踏み潰されてぐしゃぐしゃになって、誰もが自分じゃないふりをしてる。君が、彼女とお揃いで買ったのだというキーホルダーをさゆりちゃんに得意げに見せていた。鞄に付けられたそれを、さゆりちゃんはそっと撫でて、かわいいね、って呟いた。同じものなんて、買ったって、誰からもらったかが大事なのにね。そう言いながら、さゆりちゃんは同じキーホルダーをそっと赤色のポーチから取り出した。君がさゆりちゃんに自慢した1週間後のことだった。伏し目がちな瞳。茶色のアイシャドウが校則に違反しない程度にのせられている。堂々とは飾れないキーホルダーを、さゆりちゃんはポーチに仕舞った。君の鞄には、未だに彼女とお揃いのキーホルダーがつけられている。君の動きに合わせて、ゆらゆら、ゆらゆら揺れている。

 

 

 

体育を休みがちな彼女は、グラウンドの木陰で休んでいることが多かった。休憩時間になるたび、君はさゆりちゃんの腕を引っ張って彼女のところへ行く。体が丈夫なさゆりちゃんが休むことはあまりないけれど、一度だけさゆりちゃんが体育を見学したとき、君は彼女と同じようにさゆりちゃんのもとへと休み時間になるたび駆け寄ってあげていた。冷たいスポーツドリンクを首筋に当てて、涼しくなった?って言いながら笑っていた。さゆりちゃんの具合がほんとうに悪かったかなんて誰にも分からなかったけれど、君からスポーツドリンクを手渡されるさゆりちゃんがあまりに嬉しそうで、嬉しそうで、僕はまっすぐ見つめることなんてできなかった。

 

 

 

窓際の席が似合う、夏の似合う君。太陽の下が似合うさゆりちゃん。日陰の下が似合う、冬が似合う彼女。僕には何が似合うだろう。何もしないことは楽だ。頭の中で想像することも。それだけで満たされて、それだけでしあわせになれて。だけれど、一度甘さを知ってしまうと戻れない。頭の中だけで完結しないことに心がついていかなくなる。あれだけで充分だったのに。側から眺めているだけで、充分だったのに。

 

 

 

さゆりちゃんは今朝、割れたキーホルダーの写真を僕に送ってきた。朝から会ったさゆりちゃんは太陽そのもので、何も加工もされていない、無機質なキーホルダーの写真を送ってきた人と同じ人にはとても思えなかった。さゆりちゃん曰く、あのキーホルダーはわざと教室のごみ箱に捨てたらしい。もしかしたらさゆりちゃんの気持ちの表れだったのかもしれないけれど、その日教室の掃除当番だった彼女は途中で早退し、誰も何も知らないまま時は流れていくばかりだった。

 

 

 

「まあ世の中には知らないことがいいこともあるから。自覚してない恋心とか」

 

 

 

プールサイドでカルピスを飲みながらさゆりちゃんが僕に話しかけた。カルピスとプールサイドは、さゆりちゃんによく似合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の思い出

ビー玉のついたヘアゴ

揺れる先をいつも見ていた

黙ってお揃いのものを買ったけど、

僕は君にはなれない

そんなこと最初から分かっていた

 

真っ白なワンピースから覗いた

か弱いサテンリボンの先を僕は知らない

いつだって君は僕の手の中をすり抜ける

今日も、出会った日も、ずっと

 

こっそりと交換した手紙、

大事にしているのはきっと僕だけだろう

一緒に行った喫茶店、今も通っているのは

僕だけだろう

夏のあの日、さらりとした

君の肌の感触を僕は未だに覚えている

 

君は、カフェラテの氷が溶ける頃には

僕に興味をなくしてる

頬杖をついて、外を見て、そして静かに

まるで僕なんか側にいないみたいに

目を瞑る

 

いつだったか、君の後ろ姿の写真を

撮ったことがあった

君はシャッター音もさせてないのに

僕の方を振り向いて、

いけないことしたでしょ、

って笑った

 

初恋の味が樽様だなんて誰が決めたのだろう

僕の初恋の味は、君が舐めていた

抹茶のキャンディだった

甘くて最後はほろ苦い、

チープなパッケージに

その辺で手に入るけど

あげた人に意味があるもの

 

君とプールサイドから見た校舎、夏のぬるい風

 

ぜんぶぜんぶ、閉じ込めたいって言ったら

怒るかな

微かな夏の記憶、忘れたくないのに

君みたいにいつのまにか居なくなってしまう

 

初恋の味、もう思い出せないや

同じものをいくら食べても

あの日の味にはならない

 

パッケージもあの頃とは違って、

妙に酒落たものになってしまって、

 

ああ

すり抜けていく夏の思い出