チョーカーはサテンリボン

読書記録や思っていることなど、つらつらと書いているブログです。どうぞお気軽にお立ちよりください。

わたしなりの降谷零入門

今年のコナンの映画を見て、降谷零をもっと知りたい!と思った方向けの、あくまで

わたしなりの降谷零入門です。

大好きなお友達にお勧め回があるなら教えて欲しい!と言われたので張り切りました!暫くツイッターは鍵かけているけど、せっかく纏めるのならいろいろな方に見て頂きたいのでブログとして残します。気を付けてはいますが、話数や巻数などに間違い等ございましたらお手数ですがご指摘お願い致します。

 

 

まずは、これは見ておいてほしい、というものから。

補足は後述で書き足します。

安室透の登場回はすべて見て欲しいけど、これだけは!というものだけここでは取り上げます。時間があったら是非全部見てみてくださいね。

 

667話~668話 ウエディングイブ(前後編)原作75巻

安室透としての初登場回。ああっ暴力は...(お前が言うか)

 

671~674話 探偵たちの夜想曲シリーズ 原作76巻

毛利小五郎の事件に同伴。 RX-7のドアが半壊。 巧みな話術で探偵事務所PCのパスワードを入手。(のちにハッキング)

 

699~700話 灰原の秘密に迫る影(前後編)原作77巻

上の事件時に手に入れたパスワードでハッキングし探偵事務所に届いていたメールを確認するも、沖矢にそれをハッキングされているというWハッキング状態に陥る。 セキュリティガバガバでこの事務所心配...

 

701~704話 漆黒の特急シリーズ 原作78巻

バーボン初登場回 灰原を死なせないために特別ゲスト入りでなんやかんやします。

火傷赤井(後述)=安室透 判明回(今回はベルモットだけど)

1話目に安室はいないけど見ておいてね。

 

705・706話 密室にいるコナン 謎解きするバーボン 原作78巻

安室透=バーボン しかし降谷零とはばれていない状態で物語は進んでいくので、コナンくんの必死で焦った顔がポイント。 冒頭の灰原も可愛い。

 

734話 ジョディの追憶とお花見の罠 原作80・81巻

火傷赤井についての説明回。

 

770~771話 ギスギスしたお茶会(前後編) 原作84巻

昔のあだ名がゼロ、エレーナとの回想など、降谷零に関する過去の話がちらほら。

緋色シリーズにそのまま続く。

 

779~783話 緋色シリーズ 原作84・85巻

赤井秀一の死(後述)の伏線が綺麗に回収される回。

降谷零初登場回 スコッチというコードネームの男がいたこともここで判明。

途中ある、コナンくんに対しての安室の台詞の「僕のことを少々誤解しているようだ...」は、ベルモットに盗聴器を付けられているため、本当のことが言えない安室が発した嘘ですが、アニメだと盗聴器の下りがカットされているので少し??となるかもしれない。

頭に入れておいたほうがスムーズに見れるかも...??

バーボンがベルモットの秘密を握っていることも判明。

 

流れがありますのでギスギスしたお茶会からそのままご覧ください。

 

 

836~837話 仲の悪いガールズバンド(前後編)原作88・89巻

世良と安室が昔会っていたことが判明。 スコッチが公安の人間だということも判明。

スコッチは赤井に殺された人間だということも...

 

866~867話 裏切りのステージ(前後編)原作90巻

赤井に殺されたスコッチの本当の死因が判明。 真相を安室は知らないまま...

 

898話 ケーキが溶けた! 原作無し(アニオリ)

執行される前にはぜひ!ここ数年では珍しい直球の導入。 コナンくんと安室の考え方の違いに注目してみると楽しいかも?

 

補足の後述

 

火傷赤井

赤井が死んだことに疑問を持った安室が変装して、本当に死んでいたか確かめていた。

アニメ563・564・579・580・581・675話 原作65・67・76巻に登場

 

赤井秀一の死

495~504話 赤と黒のクラッシュシリーズ 原作57~59巻

赤井が死ぬまでの流れ。真相や種明かしは緋色シリーズで。

 

少し話はそれますが、ベルモットが度々バーボンに対して発言する「私との約束」

は、コナン(新一)と蘭に危害を加えないこと。

なぜベルモットはコナンと蘭を守るのかは、

286~288話 工藤新一NYの事件 原作34~35巻 をどうぞ。

通り魔=ベルモット、は345話 黒の組織と真っ向勝負 満月の夜の二元ミステリー 原作42巻 にて判明。

ベルモットシェリー(灰原)を恨んでいるのに、幼児化したことを上へ伝えないのはコナンと蘭を危険にさらさないため。(幼児化したと伝えると、灰原の近くにいたコナンや蘭は真っ先に疑われてしまう)

 

 

参考資料 安室透/バーボン/降谷零 シークレットアーカイブスplus ~劇場版「ゼロの執行人」ガイド~

 

 

また書き足すかもしれないです。とりあえず今日はこの辺で。

楽しいコナンライフを!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手探りでもちゃんと生きていけるから

温かいご飯とお布団。安心する食べ物に寝床に居場所。人間にとって本当に大切なものはこれなんじゃないかって時々思う。生きることの資本であり根源であること。睡眠と食事と居場所。どうかわたしの好きな人たちが今日も美味しいものを食べて安心して眠れますように。わたしは日々願っている。


中学生の時に男女間トラブルで色々あり、最後の1年は半ば心を壊したように生きていた。自分は普通だと言い聞かせながら先延ばし先延ばしにしてきた、救わなくてはいけない大事な心の中心部が壊れていることに気がついたのは高校生になってからだった。何もしていないのに存在を否定されることに怯えて、笑い声はみんな自分を笑っているように聞こえて仕方なかった。友達はいつも心なしか元気のないご飯もあまり食べないわたしのことをすごく心配してくれたけど、相談事をするのにはあまりにも知り合ってからの期間が短すぎた。それでも騙し騙しやってきて、ある日ぱちん、とついに心が壊れてしまった。気がつけば泣いてうまくまっすぐ人の顔が見られない。どうしたらいいのか分からなくて保健室の革張りのソファーでひたすら泣いていた。病院に行くけど一時の気の迷いだとか教室に行けているだけいいとか言われ、薬ももらえなかった。何とかネットの検索を駆使して自分の症状と当てはまる病名を探し出したとき、ああ、やっぱりわたしは普通じゃなかったんだ、って認めることができて少しだけほっとしてやっと息が吐けた。自分を客観的に見つめ直すことの難しさや、どうしてわたしは頑なに自分を顧みることができなかったんだろうってたくさんたくさん考えた。正解はないし答えなんてなくていいんだけど、きっと「普通から外れる」ことが嫌だったんだと思う。まっすぐに真っ当に生きている人の目を見て、ざくざくと刺さる視線から目を逸らしたかったんだと思う。もっと清潔に清純に知らなくてもいいことは知らずに甘やかな世界で生きていたい。新しい自己嫌悪に巻かれて今度こそだめかもしれない、って立ち止まってしまった私を救ってくれたのが、白石麻衣ちゃんだった。


前のブログにも書いたけど、私が乃木坂を好きになったのがたぶん6th ガールズルールの期間中。2013年夏。第一印象は、この子、可愛い だった。この辺の記憶は私が忘れたいが為に曖昧なんだけど、恐らくわたしが乃木坂を好きになったのはこの頃。この子みたいになりたい、どうしたらなれるんだろう、って思って雑誌を買ったりブログを読んだりしてメイクや髪型を真似した。今までの自己嫌悪の気持ちがきっと、白石麻衣ちゃんになりたいという方向にシフトしたんだと思われる。まあいっか、このままで って初めて思えた。
わたしは白石麻衣ちゃんが好きすぎて同じ前髪を作ったんだけど、それは今では謎の自信となってわたしの中に残ってる。謎の自信。まいやんと同じ前髪だから!っていう謎の自信として。好きな人とお揃いだという勝手な自信は、今でもわたしの中に少しずつ積み重なってわたしの軸となって残り続けている。わたし、今でも初対面の人に好きな小説言えない。何それ知らないって言われるのが怖くて。でもやっと、好きな歌手誰?って聞かれて、乃木坂!って言えるようになったよ。白石麻衣ちゃんがわたしを暗くて狭くて薄ぼんやりした光しかなかった場所から引きずり出してくれて、わたしに生きるための自信をくれた。もうそれだけで白石麻衣ちゃんはわたしにとって最高のアイドルだし、一生愛してやまない人。いつか、本人を目の前にして言えたらいいな。でも、泣いちゃうかも。女優だってモデルだっていくらでもできただろうに、アイドルをしてくれてありがとう。そんな思いでわたしは白石麻衣ちゃんを見つめてる。


最初に書いた、温かいご飯とお布団。安心する食べ物に寝床に居場所。わたしが大切にしているものたちを、大好きなアイドルたちもできているのかな、できていたらいいなっていつも考える。5thバースデーライブ 橋本奈々未卒業コンサートが出たとき、真っ先に思ったのは、この売り上げ、ちゃんと橋本奈々未ちゃんに行くのかな、ということだった。邪な考えではなくて、1番彼女が頑張ったであろうコンサートの売り上げはちゃんと本人に届くのか、ということ。ななみん、これでおいしいもの食べたりできるのかな、ということだった。華やかな衣装に身を包んで歌を歌ったり、絵画のようなセットでの雑誌のモデル姿も勿論見たいし大好きなのだけど、1番はやっぱり、ちゃんと美味しいものを食べて安心できる場所で眠ってほしい、ということを願ってしまう。少しでも叶うといいな、という願いを込めて雑誌やCDをできる範囲で買っている。笑っていてほしい。幸せでいてほしい。私を幸せにしてくれてありがとう。罪滅ぼしと言うと聞こえが悪いけれど、代償と言うと違う気がするけれど。彼女たちを私が応援するのにはそのような意味も含まれてはいるけれど、1番はやっぱり幸せになってほしいと言う一心から。


白石麻衣ちゃんは私を引きずり出してくれた人で、星野みなみちゃんは私の憧れ。星野みなみちゃんから今のネットネームもお借りしています。最近写真集を発売してよに名前が出たので少し寂しくも頑張れ、って思っています。いっぱい売れるといいな。それでみなみちゃんが幸せなこといっぱいできたらいい。たまにブログ更新して近況知らせてくれたらいいや。本当に本当に、これしか言っていないけど、美味しいもの食べてよく寝て幸せになってほしいな。アイドルに限らず、わたしの大切な人たちには。頑張ることも大切だけど、休むことも大切だよ。充電しながら頑張ろうね。大丈夫。根拠のない大丈夫は、人生において大事だから。だからわたしはいつまでも言い続けます。大丈夫!一緒に幸せになろうね。大丈夫。大好きだよ。

コナンのアバンの話

※ゼロの執行人の話をしていますけれど、ネタバレはしていません。

 

私は昔からコナンのアバンが大好き。TVアニメのも好きだし、劇場版(俺は高校生探偵、工藤新一〜真実はいつも一つ まで)なら尚更。あのアバンがないとコナンの映画が始まった!って感じがしないし、うまく映画に入りきらない。本編目当てでいっているのは勿論のことだが、私は神経の3割くらいをアバンに注いでしまっている、多分。初めて耳にする劇場版のメインテーマを聴きながら、大きなスクリーンで映画ごとに演出の変わったアバンを眺めている瞬間は毎年鼓動が高鳴って緊張するけれど堪らない。耳から目から吸収して、毎年覚えようと必死になって見るんだけど、見とれてしまってそちらに気を取られてしまう。自宅のテレビで見るアバンもいいけど、やっぱり端から端まで眺めなければいけない大きなスクリーンで大音量のメインテーマを堪能しながら見るのがいいんだと思う。コナンのメインテーマは毎年同じようで違うから、すごく楽しみ。なんだかんだサントラ買って聴いちゃうし、些細な違いを見つけるのも好き。キッドがいる劇場版のメインテーマは少し気障っぽく華やかだし、から紅は少し和風 純黒はギターがふんだんに使用されているし今年はピコピコしてるし。来年はどうなるかな、ってそれもまた楽しみの一つ。

そして、アバンのKeepoutのスタッフロールもまた好き。俺は高校生探偵、工藤新一〜真実はいつも一つまでの流れも、原作を加工した形になっていたり昔の映像だったり。あの短い導入だけでコナンをあまり知らない人たちをコナンの世界に引き込めるのは本当にすごいと思うし頭が上がらない。コナンのアバンを一番最初に見たときのこと、全然覚えていないけどまた真っ新な頭で見てみたいなと思うことはたまにある。どんな感情を覚えて、どこに引き込まれるんだろう。

 

 

 

私は予告を見ないので劇場版の中のワンシーンやメインテーマなんかは劇場で初対面になるわけですが、今年は3月に文ストDAを見に言った際にコナンの予告を見ていたのでそれまた例年とは違う感じで新鮮だった。予告流れている最中に耳と目を塞ぐ訳にもいかないし、いや、じゃあ見ちゃえと。先入観を持たないままありのままで劇場版を自分の中に吸収したいといえば聞こえはいいけど、予告詐欺の映像に惑わされたり、なかったことで落胆したくないだけだから…(コナンは特に毎年1カットは予告だけにしかないものがあるので、予告は見た後に見て間違え探しをしています)

予告というのは公式がここは見ておいて欲しいというカットの集まりだと思っているので、見逃したくないと感じている方は見ることをオススメする。まあ、これは私なりの楽しみ方ということで!

 

毎年アバンとEDはカットすることがお決まりの某ロードショーで今年はアバンをカットしなかったことが私の中で話題となり、ぎゃー!カットじゃない!と叫んでしまったけど、本編が異例のカット祭りでEDの扱いが雑すぎて計5回くらい見たはずなのに、あれ?もう終わった?と思ってしまったのでロードショー初見の方は是非とも円盤視聴をお勧めするよ。そしてよければ最新作も是非。私が降谷零を好きだということを差し引いても推理モノとして無茶苦茶面白いしアバンもサイコーなので…!すっかり降谷零の女になってしまった。よろしくお願いします。

 

 

 

無題

自分の好きなことってなんですか?したいことってなに?改めて考えると

酷く難しい。好きなことややりたいと思えることをしようと思って

生きてきたりアルバイトをしてみたりしてきたはずなのに、それって

なんだっけ、という状態になっている。それが今の私。

 

愛しすぎて2ショットのイラストまで描いてもらったキャラクター、大好き。

今年の映画の主役になったトリプルフェイス、大好き。ウェッジウッドのティーカップに入れたリプトンだって大好きだし、黒の手袋の似合う文豪も大好き。ずっと見つめてきた肌の白いあの子も大好きだし、可愛いの天才であるあの子も大好き。

 

好きだっていう気持ちは頭の中にあるはずなのに、それがきっと心に追いついていないのだと思う。分かってるんだよ、分かっているの。分かっているのに、どうしても好きすぎて好きすぎて胸が苦しいという前の状態に自然になれない。大好きなアイドルが出てるテレビ番組を見て、可愛いな、好きだな、とは思えるのに。

 

自分で大丈夫だと思っていたけれど、それはあくまで表面上の話で実は心の中の柔らかい部分が少しずつ駄目になっていくのを生きていくうちにじわじわと感じている最中。ごめんなさい、何回も同じ話をして。私のお友達はみんな優しい人できっとお話しても吐露しても大丈夫だと思う反面、いつか捨てられるのではないかって怯えてる。寝ても寝ても眠っていないような感覚の中、死んだみたいに生きている。好きなものをちゃんと好きじゃないかも、ううん、でも好きだよ。好き。って言いながら、どうして生きているんだろうって考えながら生きている。もうこんなこと考えてしまうのならば辞めてしまえばいいのに、なにもかもって考えながら。憧れのアイドルと同じ名前がいいなって思って安易につけた名前は、皆に呼ばれるたびに酷く甘くて儚いものへと変化していく。きっと中毒みたいになって離れられない。離れても名前を変えて生きていけるんだよ、何年か前の私がしたように同じように。

 

暫くは、昔やりたかったことを少しずつしながらのんびりします。

ごめんね、きっとみなみはみんなの心の中に生きてる。

 

 

 

私と乃木坂ちゃん

以下には、私が乃木坂を好きになったきっかけや、サヨナラの意味に対する独自の解釈などが含まれます。乃木坂ファンのブログですが、批判めいたものが一部ございます。それでも良いという方のみ先へお進みください。

愛称一覧
まいやん 白石麻衣 ななみん 橋本奈々未
七瀬 西野七瀬 いくちゃん 生田絵梨花





 私は、乃木坂46というアイドルグループが大好きです。何時頃好きになったのかはっきり覚えてはいないんですけど、恐らく6thガールズルールの期間中だと思います。歌番組で歌っている彼女達を、白石麻衣ちゃんを見たことがきっかけで好きになりました。

 私が乃木坂を好きになった理由はいくつかあるのですが、乃木坂に「私立の女子校」の雰囲気を感じるからというものが大きいです。
デビュー曲のぐるぐるカーテン、6thガールズルール等、女の子同士の秘密を含んだ日常を掬い取って歌った歌が多くて、まるで彼女達の日常を覗き見ているような錯覚に陥る。そんな雰囲気に惹かれて、私は乃木坂の曲を聴き番組を見るようになりました。
高校生の時、文化祭の準備をしていた最中 友達と2人カーテンに隠れてまるで2人しかいないみたいだねという会話をしたことがあります。そのようなものが根底にある乃木坂に私が惹かれていくのは、割と必然的だったのかもしれません。

 

(ここから先何故かフォントが丸みを帯びたものに変更されています。

すみません...直せ次第どちらかのフォントに揃えたいと思っています。)

 

 

 今も大好きなことに変わりはないですが、当時は今よりももっと憑りつかれたように

まいやんが好きだったので、雑誌を読みスタイルブックを買いブログも読みメイクや髪形などを真似していました。前髪はその当時の努力?の甲斐あってか旧白石麻衣*1の前髪と今はほぼ一緒です。やったね!

 余談ですが、旧白石麻衣の前髪の形しているけど根元がぱかっと割れちゃう人は髪を乾かす時にまず前髪から乾かして、形整えてから後ろを乾かした方が上手くいきます。ソースは私です。出かけるときは根元と角にスプレーかけると気持ち動かなくなります。

 

 きらきらした女子高の世界、秘密を覗いているような感覚。5年くらいたった今でも

その感覚は消えなくて、私が乃木坂を好きである最大の理由だと思っています。

あと衣装。シックなものが多い。制服調。スカート丈が並ぶと綺麗になるバランスで整えられているのは観ていて気持ちがいいくらい美しいです。

ライブDVDを見ていてどの場面を切り取っても可愛いのも流石。

番組も、MCバナナマンだからか結構面白くて好きです...!まいやんは意外と面白い。

 

 

 

 ただ、乃木坂が好きだから乃木坂のすべてを肯定できるのかと言われたらそれは

違うんですね...。まず身内舞台*2が多い。

あさひなぐとか、じょしらくとか。いくちゃんみたいに乃木坂から一人だけレミゼ出るとか、他の舞台出るとかだと演技力とか磨かれていいんだろうなあって思うけれど

見に来る人もファンだし、出る人ほぼメンバーだと、ねえ...何かそりゃあファンの人は

可愛かった!って言うだろうし、上手だった!って言うでしょうよ!

果たしてそれを繰り返し演技が上手になるか否かと言われたら難しいですよね...

だからもっと外部の舞台とかに単独で出たらいいんじゃないかと思うんだけ...ど...

難しいねえ 次の身内舞台セーラームーンでしょ...?もう次がある~~!

 

 正直な話、私が身内舞台やめたほうがいいんじゃないの...?って思い始めたのはあさひなぐでもじょしらくでもなく、まいやんのマキアージュのCMなんですよね。あの至る所に貼ってある美しいポスターのアレです。ごめんね、まいやん大好きだけど言っちゃうね。あのCMのまいやんがするナレーションが本当に下手。棒読み?みたいな...初めて聞いたときびっくりしちゃった。うひゃー!下手!...特別お芝居下手な印象無かっただけに余計に。新しく次のもCMするのかな?綺麗で憧れな女の子だけにCMは楽しみですが、もう少しなんというか演技力をつけさせてあげてください。偉そうでごめんなさいだけど。

 モデルだしアイドルだしいろいろできるだけにこう...勿体ない!!!

身内舞台だと客層絞れるし集めやすいし舞台経験ない子でもしやすいですよね、

無くせとは言わないのでもう少し少なくした方が経験値積めそうでいいんじゃないかと

個人的に思っております...外部でのお仕事多い子も大勢いるので...

 

 

 ここまでは、私が乃木坂を好きになったきっかけ、理由、身内舞台に関する自分の考え等をまとめてきました。ここからは、16thサヨナラの意味の歌詞の独自解釈や、その他もろもろ綴っていきたいと思います。

 

 乃木坂のPVは独自設定の物語で進んでいくものが多く、ラストのサビまでいかないとダンスシーンがないものもざらにあります。(サヨナラの意味がそう 流石にダンスナンバーだと謳っているインフルエンサーなんかはダンスシーン多いですけれどね!)

でもセンターとサイドくらいしかよく映らないので、3列目の子のファンです!とかいう人は覚悟してみたほうがいい、かも、全体的に。

 

 私はまいやんの次に 星野みなみちゃんが好きなのですが、インフルエンサーなんかはあんまり映ってなかったような......正直、白石西野のWセンターにちょっぴり飽きてきたので、この2人はもはやセンターじゃなくてもカメラに抜かれるからその分あまり出てこれてない子をセンターにしたらいいんじゃあ...ないかな...って勝手に考えてます。

裸足でsummer*3がそんな感じだったんですけど、個人的に好きでした。だって白石西野は絶対映るもん...映らない心配したことない!

インフルエンサーも、ダンス上手な子たくさんいたのにPVにはまいやん七瀬飛鳥はよく映るけど後はまちまちだったから、もったいないなって見るたび思ってました。

 

 

 で、乃木坂の配置論についてだらだらと書いた後、ここからはサヨナラの意味の

歌詞の解釈を自分なりにしていきたいと思います。全部はしないで、気になる部分だけします。完全に自己満足な世界です。それでも良いという方のみお付き合いください。

 

『』内の歌詞はサヨナラの意味より引用

 

『守りたかった 愛に代わるもの』

度々曲中に出てくるこのフレーズ。ラストのサビでは、『失いたくない』

が追加されます。

今回は、曲中に出てくる君と僕の視点ではなく、この曲が曲として表現したいことは

こうだったのではないだろうかということを私なりにまとめてみます。

 

これは、恐らく橋本奈々未自身のことですよね。乃木坂にとって、

『失いたくない 守りたかった 愛に代わるもの』は橋本奈々未

この曲は、『サヨナラに強くなれ』*4や、『サヨナラを振り向くな』など別れに対して前を向くことを促す歌です。

 きっと、時が過ぎた後、心の中で彼女を生かしておけたのならばそれはサヨナラに

強くなったということ。一度は現実を受け止めなければいけないけれど、 それを

通過したならばきっと大丈夫 そのようなメッセージがこの曲には込められていると

感じています。

 

そして、『僕たちは抱き合ってた 腕を離して もっと強くなる』

ここは、視点が分かれます。

『僕たちは抱き合ってた』(乃木坂側の視点)

『腕を離して もっと強くなる』(橋本奈々未個人の視点)

ここは正直難しいので、逆の視点でも矛盾はしないし、

両方乃木坂側の視点でも通じるけれど、

考え抜いた結果1番しっくりきたものでいきます。

 

橋本奈々未と乃木坂は抱き合っていたけれど、

離れて強くならなければいけない(橋本奈々未は乃木坂を卒業するため)

この辺りが、『君が好きだけど ちゃんと言わなくちゃいけない』

の部分にも繋がってくる。好きなこととサヨナラを言わないことはイコールでは

なくて、サヨナラを受け止めて強くなることが私たちに出来ること。

 

 以上がサヨナラの意味の独自の歌詞解釈になります。

この曲はイントロのピアノからガツンと感情を揺さぶってくるので、あまり聞いた

ことないよ!って方も是非是非。お聞きください。

 

 ところで、ななみんの卒コンの円盤発売が決定しましたね!

卒コンの円盤化は初なんじゃないだろうか...買うんですけど、

2時間くらいは観た後放心状態になるんじゃないかと思ってるので

大事なことはさっさと済ませてから見ようと思います。

 

 アイドルとはいえ相手も人間ですから、いつかはいなくなってしまう日がきます。

明日かもしれないし3年後かもしれないし、それは分からない。

希望は無限でも時間は有限です。無理をしろとは言いませんが、

会いに行きたい人がいるのならば、会いに行った方がいいです。

皆さまが悔いの残らないアイドルライフが送れますよう、心より祈っています。

 

 私と乃木坂ちゃんについて、思っていること全て書き尽くしたつもりです。

 \ やっぱ乃木坂だな!/ \ だなー!/  *5

長々とありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:私が懸命に作ってようやく出来上がった頃、まいやんは前髪を伸ばしている最中だったので実はお揃いな期間はほぼない

*2:出演者がほぼ同じグループ内のメンバー よって観客もそのグループのファンな舞台や映画のことを勝手にこう呼んでいます

*3:センターは飛鳥

*4:ちなみにまだ私は強くなれていません

*5:ダンケシェーンの最後に若月佑美が言う台詞

映画 文豪ストレイドッグス DEAD APPLE 感想 

※以下は3/3公開 映画 文豪ストレイドッグス DEAD APPLE のネタバレ感想です。

ネタバレを大いに含みます。それでも良い方のみ先へお進み下さい。

 

 

 

ついに公開されちゃった!映画文スト!

アニメ化したしそれが大いに盛り上がった為特典が貰えるか怖くて朝一番の回を

見に行ったのですが、文ストを見に来る人の多いこと多いこと。

漫画を読み始めた頃は知名度も全然なくて小さな界隈*1だったので

その感覚のまま映画を見に来てしまったがために人酔いしそうでした。

えっ文ストっていつのまにこんなに人気でたの?

アニメってすごいですねえ。ジャンルの大きさを例えてみるならば、そう

学校の池くらいだと思っていたのに気がついたら地域の湖くらいになってました。

ワーすごい そりゃあ人も来ます。特典は無事にもらえました。隣も隣も人がいた。

すごいぎゅうぎゅうでした。

 

ここからは本当にネタバレ感想です。

あまり頭いいことは言えないのでご了承ください。

開始早々中原!!!顔がいい。ちょっぴり幼い。だって16歳ですもんねえ...

バイクブォンブォン可愛いですね。もう孫を見るような気持ち。この子出てくる時

大体キレてるけど大丈夫かな....

汚濁使ってるってことはこの時にはもう双黒って呼ばれていたのかな。

それともこれが初出し...?単行本等載っていたらすみません。

もしかしたら来週の特典読んだら分かるかもしれないですね、色々とね。

飼い主とペットみたいで大変可愛らしかった。勿論中原がペットです。

 

織田作~~~~!見るだけで胸がキリキリしました。お墓参りするんだねえ、

大切な友人だものね。前に行って手を合わせるのではなくて、

凭れ掛かっているという構図が、ちゃんと太宰は織田作に心を許していたんだなあ

と分かって少し暖かい気持ちになりました。

死んだことをなかったことにするのではなく、受け止めて前に進めているだけ

太宰は強いよね。

 

敦くんあんまりでないんじゃないかと心配していたんですけれど、ちゃんと

主人公でした。前へ出るために手を引っ張ってもらった鏡花ちゃんが、

今度は手を引っ張る側ということで、最後は可愛い笑顔が見られてよかった。

心の中や夢の中でもう一人の自分と対立するなんてことは漫画やアニメでは

よく見られる構図ですけれど、実際に実体としてするとは思わなかったです。

自己の受け入れというか、救済というか。倒すのは勿論のこと

異能を通しての自分を受け入れられなければ異能は自分には戻ってこない。

だから鏡花ちゃんや僕(やつがれ)にはすぐ戻ってきたのに、敦くんには

すぐに戻ってこなかったんですね、多分。

鏡花ちゃんは、嫌いになれなかった異能も受け入れた自分で敦くんを

今回は引っ張ってくれたんですね、いいなあそういうの。

この構図がこの映画の軸になっている部分なんじゃないかと個人的には感じています。

あとお部屋ね。押し入れに寝てるの!?てっきり二つ部屋あるのかと...

ドラ○もんじゃないんだから...ww そして運転シーンは恰好よかったです。

(えっ乗る!?運転!?誰がするの!?まさかの鏡花ちゃんなの...)

 

 

異能が宝石になっているの、一人一人形が違うんですね。

耳に髪を掛けている太宰、個人的に物凄い好きです。単純に好み。

文スト見てる人は、太宰は基本的に信用ならなくても、大事なことは守ってくれるって

心の何処かで信じているんじゃないですか?私もそうだし、きっと敦くんもそうだと

思います。だから必死で助けにいくけれど、死にはしないだろうと思ってる。

中原もですね~~!何だかんだで大丈夫だって思っているんですよ。悪態つきつつも。

見ていて思ったんだけど、中原が異能使ってる時にジャケット落ちるけど帽子落ちないの可愛いですね~~。異能特務課に乗り込んだヘルプに来たとき壁に一撃食らわせたの、私はあの時てっきり中原も異能奪われていたんだと思っていたから自身の馬鹿力で

壁殴ったんだと思っていたんだけど、多分中原は奪われてない?ですよね?

まあ異能でもそうでなくてもどちらでもいいんですけど、少し考えたのでメモしておきますね。異能だったらもう少し酷い有様になっていそうだから、違うかな。

 

個人的にエリスちゃんが物凄く好きなので、出てきてくれてよかった。

森さんと社長が互いの異能を殺し合う構図、いいですねえ...この映画、

本編とリンクしているのならばどの辺に入るんでしょうか...

敦くんのトラウマがフラッシュバックする聖堂、長年の胸のつかえが

少しだけとれたような感じがします。あれはもう掘り下げはないのかな、

知りたいような知りたくないような、複雑な心境です。

 

 

あと!樋口さんが戦っているところが見たかったなあ!(大声)

でも、異能力者だってこと(をカフカさんが公式のツイッターで言っていた気がする)が本編で掘り下げられるのがまだならば、これには出せないですよね...。

僕と鏡花ちゃんと敦くんのやり取りは、娘を嫁に出した父親と義理息子みたいで

微笑ましかった...

最後に名前を呼ぶよもちょっと流してほしかったかも。

最後は太宰もちゃんと味方だったって分かってよかったよかった。

ちょっと疑いつつもみんな信じているんですよね。

禁断の果実としての林檎、生きる欲望を背負う人間...タイトルも奥が深そう。

 

 

感想は以上になります!

ふうすっきり。きっと支離滅裂だ...申し訳ないです。

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:どれくらい小さいかって、ツイッターで回ってきたイラストの作者ほぼ全員分かるくらい小さい

千石撫子の片思い理論

千石撫子の片思い理論

 

    今から述べるのは、私が思うこの世で1番綺麗な片思いの形のお話です。
自分用のメモな部分を多く含みます。
説明が拙かったり、分かりにくかったりしたらごめんなさい。

 

   「片思いをずっと続けられたら--それは両思いよりも幸せだと思わない?」(恋物語 より)

「かなわなければ このこいは えいえんに
さめることもないの」(もうそう♡えくすぷれす より)

 

   この台詞は、千石撫子が作中で発したものです。(もうそう♡えくすぷれすはキャラクターソング)

 

   初めてこの台詞を聞いた時、殴られたような感覚がしたことを今でも覚えています。

片思いとは一般的に、一方的で成就していない恋のことを指します。
片思いは切ない、哀しい、成就させたい。
そのような思いを抱く人が多いと思います。
私もそうでした。
だからこそ、この台詞は私の中にいつまでも
残り続けました。
片思いを続けるということは、叶わない恋を
続けるということ。
ゴールが両思いなら、片思いは過程でしかなく辛いもの。
しかし、覚めることもない 叶わないけれど終わりもない 無理して終わらせるよりも、片思いを続けることが両思いよりも幸せなことだとしたら?

 

   両思いになって思いが通じて、幸せの形を手に入れたとしても、幸せになるとは限らない。

だったら、片思いを続けて、幻想を抱き続けて、叶わないけれど終わりもない 心の中で自分の好きなように相手を操ることができる形のほうが幸せなのではないか。それが相手に届かなくても、ゴールがないのだから。終わりを決めるのは自分なのだから。正解がなくいつまでも恋をし続けることができるのだから。

 

   千石撫子自身にも好きな人がいて、叶わない恋を終わらせないやり方でいつまでも続けています。この台詞は、千石撫子の心を表しており、同時に彼女の軸となる部分も表しています。

 

   いつまでも恋を続ける方法。終わりのない恋のやり方。そのような意味で、私はこの千石撫子の述べる片思い論がこの世で1番綺麗な片思いの形だと思っています。
千石撫子は現実世界にはいません。
排他的で無機質なこのやり方を現実世界で通そうとすることはきっととても難しい。
実際に片思いをしてみると、期間が長ければ長いほど現実と空想の溝が深くなりその先の何か変化のある未来を求めようとします。
あわよくば幸せに近づこうと足掻きます。
(私自身そうしようとしたし、千石撫子もそうして彼女自身どんどん壊れていくのですが、この話は今回割愛したいと思います)

 

   だから、「もし貫けるとしたら」この世で1番綺麗な片思いのやり方はこれだと私は思います。立ち止まらずに進んでいく人が多い中、立ち止まってみる景色から見る新しい、終わらない恋愛のやり方。まあ、実現できるとしたら、なんですけれどね。

 

   長々とお読みくださりありがとうございました。それではまたどこかで、お会いしましょう。